福島次郎『三島由紀夫――剣と寒紅』裁判について
福島次郎氏による評伝『三島由紀夫――剣と寒紅』が世に出たのは1983年のことでした。私はその出版を知るや否や、すぐに書店に足を運び、一気に読み終えたことをよく覚えています。三島由紀夫という作家に対して、私は尊敬と同時に複雑な感情を抱いていましたが、この本を読んだとき、なぜか胸の奥を突き動かされるような感覚を覚えたのです。
福島氏は、三島の生涯を非常に克明に追い、その内面にも鋭く迫ろうとしていました。とりわけ、幼少期のエピソード、同性愛的な感情の描写、自衛隊との関係、そして最期の市ヶ谷駐屯地での割腹に至るまで、筆致は大胆で、時に過激とも受け取れる内容も含まれていました。それでも私は、「これは真実なのだろう」と素直に受け止めていたのです。
ところが、その後、この本を巡っては訴訟が提起されることになります。1984年、三島の遺族や関係者が「名誉毀損」として福島氏と出版元である文藝春秋を提訴したのです。この訴訟は長期にわたり、最終的には1992年に最高裁で原告の請求が一部認められる形で決着を見ました。
裁判の争点となったのは、主に以下のような記述でした。
三島が同性愛者であったとする明示的な記述
三島の母親との関係における異常性
割腹に至る心理背景としての性的要素の強調
こうした描写が「故人の名誉を毀損している」として訴えられたのです。確かに、読者の立場で読み返してみると、福島氏の筆は事実の裏付けというよりも、状況証拠や推測に基づいている箇所が多くありました。証拠に乏しいまま三島の内面を断定的に描くことは、報道や評論の自由の名の下に許されるべきなのか――この問題は、言論の自由と故人の人格権という、日本の法体系でも難しい課題を浮かび上がらせたのです。
裁判所は、言論の自由とプライバシー権・名誉権とのバランスを慎重に検討しました。結果として、『剣と寒紅』の一部記述は「真実であると信じる相当の理由がない」とされ、福島氏と出版社は一部敗訴しました。これは評伝やノンフィクションにおける「取材の裏付け」の在り方について、今なお重要な判例となっています。
この裁判を知って以降、私は当初の感銘とは異なる疑念を抱くようになりました。「あのとき自分が読んだものは、本当に三島由紀夫その人の姿だったのか?」「それとも、著者の視点に強く影響された、ひとつの“物語”だったのか?」
もちろん、福島氏が三島に深い関心を抱き、その人生を自分なりに解釈しようとした努力は、軽んじるべきではないと思います。事実、この本が多くの読者に影響を与えたことも確かでしょう。しかし、裁判によって「事実と解釈」の線引きが問われたことは、私自身にとっても大きな示唆となりました。
この出来事を通じて私は、評伝というジャンルの難しさに気づかされました。それは単なる「事実の羅列」ではなく、「作者の視点による物語」でありながらも、やはり人の人生を描く以上、どこまでも誠実であらねばならない。ましてや、その人物が故人であればなおさらです。
最後に、福島次郎氏の本を読んだあの頃の自分に戻るとすれば、こう問いかけたい気がします。「あなたが感動したのは、三島の真実だったのか、それとも福島氏の物語だったのか?」
三島由紀夫という作家の人生を追いかけるには、事実と解釈の境界を見極める冷静さと、それでも彼を人間として敬意をもって見つめる姿勢の両方が必要なのだと、今ではそう思っています。